きっと魔法のトンネルの先

約二年に及ぶ不妊治療の末、2018年5月に男の子を妊娠出産。フルタイム共働きで育児奮闘中。仕事に育児に、慌ただしくも温かな日々の記録。

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きっと魔法のトンネルの先

二年に及ぶ不妊治療の末、2018年5月に男の子を妊娠出産。フルタイム共働きで育児奮闘中。仕事に育児に、慌ただしくも温かな日々の記録。

子育てへの考え方

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新宿御苑の年パスを手に入れ、にやにやな我が家。

冬の暖かい日を見つけて、12月からちょくちょく遊びに行っています。

なんとピースフルな空間。もちろん遊具はないけれど、都会でこんなに走り回れる場所は中々ないので、本当に貴重です。

障害物なく走り回る息子、ご満悦!春はピクニック出来たらいいなぁ。

 

芝生に寝転ぶカップルやおじさんを指差して

「ねんね!ねんね!」と叫んでいて面白い。笑

なんでお外で寝るのか、ただただ息子にとっては不思議なのだろうな。

 

先日はお台場お散歩。


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ドラえもん、実は大好きなので私が一番興奮した。笑 

丁度からくり時計が動く時間になりそうで、息子を抱えダイバーシティーを疾走して、夫に見失われ、はぐれた。

息子も洗脳しているので、喜んでくれて嬉しかったな。

mirai.dora-world.com

未来デパートというグッズ売り場もあるのだけど、90分待ちで断念。

へ、へ、平日にひとり行きます!笑

息子のためにオリジナル刺しゅうでグッズを作りたい....という野望。

 

 

 

東京湾を眺めに。綺麗な夕焼け。


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息子と夫と過ごす日々がとても楽しく幸福で、この上ないと感じるこの頃。

毎日仕事が終わって、保育園からの帰り道の10分弱

抱っこしながらふたりでわちゃわちゃ話したり、歌ったりしながら歩いていると

一日の疲れとか、仕事での大変だったことはすっかり吹き飛んでしまう。

 

息子が大切過ぎて、愛し過ぎて(いつか子離れをしなきゃならないのか

2人目は到底考えにも及ばない。

 

ひたすらに(しつけという言葉がまだ通じない今は)ただただ甘やかしたくて

ずーっと息子を真正面から見つめていたくて

まだまだ彼を お兄ちゃん にはしたくない。呼びたくない。

しっかりなんて、いつかでいいのだ。

お兄ちゃんらしくなんて、我慢させたくないのだ。

こんなに小さい頃はただただ受容して、認めて、育ててあげられたらいいなと思う。

時にはきょうだいでの喧嘩も必要かもしれないのだけど、私自身が兄と二つ違いで、

小さい頃は喧嘩ばかりしてた思い出があって、中々にしんどかったなと思う。

逆に夫兄弟は7つも離れているので、お互いが一人っ子のように育ち、ふたりとものびのびと、仲良く過ごしているように思います。

親の育て方も大きくかかわってくるのだと思うけれど、自分自身の心のゆとりって本当に大事だなと思う。

 

 

最近マンションの同じフロアの住人(母親)が、ヒステリックに息子さんをしかりつけている様子がエレベーターホールや内廊下にいると聞こえてしまう。

今に始まったことではなく、もう何年も続いている。時には玄関の扉を閉めて、外に出して大泣きしていることも過去にはありました。

防音なマンションなので、さすがに部屋には聞こえてこないけれど…。

部屋を飛び出して、エレベーターホールにも聞こえてしまう声って、本当に恐怖。

聞いているこちらが耳を塞ぎたくなるくらいには、中々に凄い言葉遣いと恐ろしい感情大爆発具合。

朝から怒鳴り散らし、夜も叫び、メンタル系のお仕事をしている私はついその母の話を聞きたくもなるのが事実ですが(ほんと余計なお世話ですね)

 

そうはなっちゃいけないと思う。

どんな理由があっても、子供を毎日大声で叱りつけることがしつけだとは全然思わない。例えいたずらばかりをしていたとしても、反抗ばかりしていたとしても、それらをすることに理由を見つけないといけないような気はする。

理想論かな?まだまだ1歳しか育てていない私が言うのはおこがましくてすみません。

 

でも、自身でコントロールが難しいくらいに、疲れているのだとは思う。

そういう人もたくさん見てきているから、否定はできないし、周りの受容がないのではないか、お母さんは孤独なのではないか等々と考えてしまう。

 

子育ては全く思い通りにはならず、かと言って成果が目に見えるわけではない。

結果がわかるのはずーっと先。

だからこそ、を大切にしなきゃいけないのだと思う。

時間は取り戻せない、絶対。育てなおそうと思っても、そんなことは簡単じゃない。

一度形成されたものって、ずっと、ずっと残っていきます。

 

それって、結構恐ろしいことだと思う。

 

こんなに仕事したい!頑張りたい!勉強もしたい!

みたいな精神を持ち合わせすぎた私は、

今は、息子を育て上げることに精一杯。

万が一もう一人いたのなら、育児と仕事を自分の中のバランスを保ち両立することは中々に難しいと思う。

甘やかしたいと言いながらも自分の仕事のことだって、がっつり大事にしている私は、なんというか良いとこどりだよね、と思います。わがままな母でごめんよ。。

 

そんなことを考えていたら、凍結している胚盤胞たちのことで悩み出す。

そちらも大事な子たちだから、簡単に捨てる決断なんて出来ないのだけど。

何年先になるか、はたまた一人でずっと良いと思うのか。想像もつかない。

 

 

自分のキャパ的にも

仕事のこと考えても、万が一子供がまた欲しくなるのはずーっと先なのだろうなと想像。

 

本当はそんな難しいこと、考えなくてもいいのかもしれないけれど

親になるということは、一人の立派な心を持った人間を育てるということは

あまりにも大きな責任が伴うと思っています。

 

怒って、罵倒してその子が全うな道を歩めるとは到底思えない。

子どもの柔らかい心はきっととても傷ついて、母を信じられなくなってしまうのだと思います。

人が成長していくって、簡単なことではなくて、

本当に様々な危機が待っています。一人一人がそれを乗り越えているけど、乗り越えられない人だっていっぱいいる。

 

親は子どもと一緒に乗り越えていかなきゃいけない。

そう考えると、子供を育てるということを安易に考えちゃいけないと思っています。

 

親自身がどう育ってきたか、どう生きてきたかというのが本当に大切なんだと思います。

 

最近、そのお母さんの叫び声を聞きながら、そんなことをふと考えています。

 

 

※主観ばかりな記事です。ご了承下さい。

 

 

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